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ゆっくり焦らず考えてみると、
僕って、ひとめぼれとかないし逆にされることもない。
むしろ僕を好きになる人に共通しているのが、必ずメールもしくはそれに準する手段(筆談とか)で仲良くなって、それから好きになってくれたりするところだと、最近気付いた。
決して、学校で会話をしていてとかそういうところでは始まっていないのだと。
僕自身も、そう感じるときがある。
僕はこの日記に本音を書くことが多いが、現実で本人に本当に思っていることを言った言ったことは少ない。
それは、実際に本人を目の前にして出てくる言葉と、後から「あの時ああ言えば良かったのに」という言葉がまるっきり違うからである。
でも、こう書くと僕は会話よりメールが得意な様に見えるかも知れない。
だけど僕は、もちろん会話が苦手だがメールも苦手なのである。
メールだと、相手の顔が見れない。
顔が見れるのなら、場が楽しいときは楽しい話をすればいいし、悲しい場面なら相手を慰めればいい。
だけどメールでは、今相手がどんな状態なのかが分からない。
それに、口から何も考えなくてもぽんぽんと出る言葉はすぐに相手に伝わるけど、メールではそうはいかない。
僕は返す言葉を選んでしまい、やがてメールが送れなくなり、そして途切れてしまう。
僕はたくさんの数のメールが送れない。俺からの返信が来ないことがあるのはそれが理由だ。
でもどちらも、“苦手だからって使わない”なんて出来ないから、僕は人によって分ける。
何を言うか考えなくてもいい相手には、僕は会話で済ませるようにしている。
その時その場の雰囲気に乗れば、何を言っても“会話”が出来るからだ。
逆に、こういう相手にはメールなんて歯がゆいだけだと思う。。
そして、一言一言を選びたい相手には、僕はメールを送る。
そういう相手に不適切な発言はしたくないし、
一番良いと思った返事の言葉を何回も何回も確認して“思いを伝えること”が出来るからだ。
僕は言葉を分ける。
雰囲気や団らんを大切にする言葉と、
僕の思いや意志を伝える言葉。
そして、僕を好きになってくれる人は、必ず後者の僕を選ぶ。
結局はその場しのぎである言葉を使う僕ではなく、言葉を慎重に選んで思いを伝えようとする言葉を使う僕を好きになるからだ。
では、僕が大切にするべき言葉はどれなのだろうか。
僕はどちらの言葉を使う僕も、僕であることに変わりはないと思う。
ただ、僕の本心を伝える言葉をもっと磨いていかないと、僕は自分の思いを伝える手段を失う。
僕は本物の“ただの笑われ者”になってしまう。
僕を磨いていく道は、果たしてどっちなのだろうか。
そう考えると、僕は二つの道のうちの一つを選ぶしかなかった。
それは、色々と辛いことだ。僕の居場所を失う事なのだから。
だけど、このまま僕は責任からも逃げていくのだろうか。
そんな半端なことは、してはいけないと思う。
僕は、長なのだから。
だから、桜の舞い散る春までには荷物をまとめて、出て行くよ。
居心地良い場所だったけど、僕は言葉を磨いていかなきゃいけない。
そのためには、そこを出て行くしかないのだ。
そこは、会話を磨く場所だから。
そのために、荷物を片づけ始めよう。
だけど、このまま旅立つことだけは出来ない。
僕にとってメールでも手紙でもないもので、自分の思いを伝えるって本当に難しいことなんだけど、これだけはやっていかなきゃ。
僕は、演劇部をやめます。
文芸部の部長に正式に就任するために。自分の部員達を、ひっぱっていくために。
むしろ僕を好きになる人に共通しているのが、必ずメールもしくはそれに準する手段(筆談とか)で仲良くなって、それから好きになってくれたりするところだと、最近気付いた。
決して、学校で会話をしていてとかそういうところでは始まっていないのだと。
僕自身も、そう感じるときがある。
僕はこの日記に本音を書くことが多いが、現実で本人に本当に思っていることを言った言ったことは少ない。
それは、実際に本人を目の前にして出てくる言葉と、後から「あの時ああ言えば良かったのに」という言葉がまるっきり違うからである。
でも、こう書くと僕は会話よりメールが得意な様に見えるかも知れない。
だけど僕は、もちろん会話が苦手だがメールも苦手なのである。
メールだと、相手の顔が見れない。
顔が見れるのなら、場が楽しいときは楽しい話をすればいいし、悲しい場面なら相手を慰めればいい。
だけどメールでは、今相手がどんな状態なのかが分からない。
それに、口から何も考えなくてもぽんぽんと出る言葉はすぐに相手に伝わるけど、メールではそうはいかない。
僕は返す言葉を選んでしまい、やがてメールが送れなくなり、そして途切れてしまう。
僕はたくさんの数のメールが送れない。俺からの返信が来ないことがあるのはそれが理由だ。
でもどちらも、“苦手だからって使わない”なんて出来ないから、僕は人によって分ける。
何を言うか考えなくてもいい相手には、僕は会話で済ませるようにしている。
その時その場の雰囲気に乗れば、何を言っても“会話”が出来るからだ。
逆に、こういう相手にはメールなんて歯がゆいだけだと思う。。
そして、一言一言を選びたい相手には、僕はメールを送る。
そういう相手に不適切な発言はしたくないし、
一番良いと思った返事の言葉を何回も何回も確認して“思いを伝えること”が出来るからだ。
僕は言葉を分ける。
雰囲気や団らんを大切にする言葉と、
僕の思いや意志を伝える言葉。
そして、僕を好きになってくれる人は、必ず後者の僕を選ぶ。
結局はその場しのぎである言葉を使う僕ではなく、言葉を慎重に選んで思いを伝えようとする言葉を使う僕を好きになるからだ。
では、僕が大切にするべき言葉はどれなのだろうか。
僕はどちらの言葉を使う僕も、僕であることに変わりはないと思う。
ただ、僕の本心を伝える言葉をもっと磨いていかないと、僕は自分の思いを伝える手段を失う。
僕は本物の“ただの笑われ者”になってしまう。
僕を磨いていく道は、果たしてどっちなのだろうか。
そう考えると、僕は二つの道のうちの一つを選ぶしかなかった。
それは、色々と辛いことだ。僕の居場所を失う事なのだから。
だけど、このまま僕は責任からも逃げていくのだろうか。
そんな半端なことは、してはいけないと思う。
僕は、長なのだから。
だから、桜の舞い散る春までには荷物をまとめて、出て行くよ。
居心地良い場所だったけど、僕は言葉を磨いていかなきゃいけない。
そのためには、そこを出て行くしかないのだ。
そこは、会話を磨く場所だから。
そのために、荷物を片づけ始めよう。
だけど、このまま旅立つことだけは出来ない。
僕にとってメールでも手紙でもないもので、自分の思いを伝えるって本当に難しいことなんだけど、これだけはやっていかなきゃ。
僕は、演劇部をやめます。
文芸部の部長に正式に就任するために。自分の部員達を、ひっぱっていくために。
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